2024.12.2
相続放棄は、遺産相続において、被相続人(亡くなった人)の財産を一切相続しないと宣言する手続きです。遺産には現金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金や未払いの税金などのマイナスの財産も含まれます。そのため、相続放棄は負債のリスクを避けるための重要な選択肢となる場合があります。 しかし、相続放棄には厳密なルールや期限が定められており、手続きに不備があると 意図しない結果を招く可能性もあります。本記事では、相続放棄に関する基本的な知識から手続きの詳細、専門家の活用方法、注意点までを網羅的に解説します。これから相続放棄を検討する方にとって、迷いを解消する参考になる内容をお届けします。
相続放棄とは、相続人が被相続人の財産を一切引き継がないという意思を家庭裁判所に申述(申請)することで成立する法的手続きです。この申述が認められると、相続人は相続権を完全に失い、プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐことがなくなります。 重要なポイントは、相続放棄が「すべての財産を対象とする」ということです。一部の財産だけを引き継ぐことは認められていません。また、相続放棄をした相続人は、相続開始時点から一切の相続人ではなかったものとみなされます。これにより、次の順位の相続人に相続権が移る仕組みになっています。 例えば、亡くなった方の借金が明らかに多い場合や、特定の財産が不要な場合に、相続放棄を選択することでトラブルを回避することができます。しかし、申述が受理されると後戻りはできないため、慎重に判断しなければなりません。
相続には「単純相続」「限定承認」「相続放棄」の3つの方法があります。それぞれの特徴を理解することが重要ですが、本項目では特に「相続放棄」との違いを中心に詳しく解 説します。
項目 | 単純相続 | 相続放棄 |
---|---|---|
内容 | 被相続人の財産(プラス・マイナスのすべて)を引き継ぐ。 | 被相続人の財産を一切引き継がないと宣言する。 |
選択方法 | 特に手続き不要(通常の相続手続きに従う)。 | 家庭裁判所への申述が必要。 |
メリット | プラスの財産をすべて相続できる。 | マイナスの財産(負債)を完全に回避できる。 |
デメリット | 借金や税金、保証債務などもそのまま相続するリスクがある。 | プラスの財産もすべて放棄しなければならない。 |
主な適用例 | プラスの財産が明らかにマイナスを上回る場合。 | 負債が明らかに多い場合や不要な財産を抱えたくない場合。 |
相続放棄ではプラスの財産もすべて放棄する必要があるため、財産がトータルでプラスの場合には選択されることは少なくなります。一方、単純相続は特別な手続きを行わない限り自動的に選択されるため、特に意識していない場合には借金を引き継ぐリスクがあります。
項目 | 限定承認 | 相続放棄 |
---|---|---|
内容 | 被相続人のプラス財産の範囲内で負債を清算し、残った財産を引き継ぐ。 | 被相続人の財産(プラス・マイナス)を一切引き継がない。 |
選択方法 | 家庭裁判所への申述が必要(相続人全員で手続き)。 | 家庭裁判所への申述が必要(単独で可能)。 |
メリット | プラス財産を限度にマイナス財産を整理できるため、プラスが残る可能性がある。 | マイナス財産を完全に回避できる。 |
デメリット | 他の相続人全員の同意が必要で、手続きが煩雑。 | プラス財産もすべて放棄するため、財産が残らない。 |
主な適用例 | プラス財産が負債をやや上回る場合や、負債が全容不明で慎重に進めたい場合。 | 負債が明らかに多い場合や相続自体を回避したい場合。 |
限定承認は、相続放棄と異なり、プラスの財産を残せる可能性がある点でメリットがありますが、他の相続人全員の同意が必要で手続きが複雑です。そのため、実務では限定承認が利用されるケースは少なく、相続放棄が選ばれることが多いです。
これらの選択肢の中で、 相続放棄が適しているのは以下のような場合です: ・負債がプラス財産を大幅に上回る場合 明らかに借金が多い場合、相続放棄を選択することで負債のリスクを回避できます。 ・プラス財産を引き継ぎたくない場合 使い道のない不動産や維持費のかかる物件など、マイナスの負担を避けたい場合。 ・複雑な家庭事情がある場合 家族間のトラブルや遺産分割協議への参加を避けたい場合にも、相続放棄は有効な手段となります。 単純相続や限定承認と比較して、相続放棄は「完全に責任を回避できる」という特徴があるため、財産がマイナスであることが明らかな場合に特に有効な選択肢と言えます。
相続放棄の手続きは、自分で進めることもできますが、専門家を活用したほうが良い場合もあります。
専門家に依頼すべき場合 ・財産の内容が複雑で、負債の全体像が把握できない場合 ・相続人が複数おり、意見の調整が難しい場合 ・期限が迫っており、迅速な手続きが求められる場合 自分で対応できる場合 ・相続財産が明らかに負債のみである場合 ・相続人が複数いても、意見の調整が容易な場合 ・必要な書類が揃っており、手続きに自信がある場合 弁護士や司法書士に相談すれば、法律的なアドバイスだけでなく、書類作成や家庭裁判所への対応までサポートしてもらえます。費用はかかりますが、トラブルを未然に防ぐための有効な手段となります。 司法書士に依頼する費用相場:1人当たり約3万円~5万円 弁護士に依頼する費用相場:1人当たり約5万円~10万円
相続放棄は、家庭裁判所に対して申述することで成立します。具体的な手順は以下の通りです
・相続放棄の申述書 ・被相続人の住民票除票 ・申述人の戸籍謄本 ただ、申述人の相続順位によって申述に必要な書類が変更する場合があります。それは以下の通りです。 申述人の相続順位によって、申述に必要な書類は以下の通りです。 パターン1:申述人が、被相続人の配偶者である場合 ・被相続人の死亡の記載がある戸籍謄本 パターン2:申述人が、被相続人の子又はその代襲者である場合 ・被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本 ・申述人が代襲相続人の場合、被代襲者の死亡の記載のある戸籍謄本 ※ここでの代襲相続人とは孫やひ孫などのことを言い、被代襲者は本来の相続人である被相続人の子供などのことを示します。 パターン3:申述人が、被相続人の父母・祖父母などの場合 ・被相続人の出生から死亡時までの全ての戸籍謄本 ・被相続人の子で死亡している方がいらっしゃる場合、その子の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本 ※被相続人の子には、子供本人とその代襲者も含 まれます。 ・被相続人の直系尊属に死亡している方がいらっしゃる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍謄本 ※この戸籍謄本は、相続人より下の代で直系尊属(父母や祖父母)が死亡している場合に必要となります。例えば、相続人が祖父となった場合に、父母が亡くなってしまっていることを証明する戸籍謄本が必要となります。 パターン4:申述人が、被相続人の兄弟姉妹及びその代襲者の場合 ・被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本 ・被相続人の子で死亡している方がいらっしゃる場合、その子の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本 ・被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍 ・申述人が代襲相続人の場合、被代襲者の死亡の記載のある戸籍謄本 ※ここでの代襲相続人とは、被相続人から見て甥や姪のことを言います。 わかりづらい場合には、専門家にご相談することをお勧めします。
1.費用を確認する。 ・収入印紙代:800円 ・連絡用の郵便切手:約500円 ※金額は、申述先の家庭裁判所に確認してください。家庭裁判所によっては、「裁判手続を利用される方へ」の中に記載されている場合があります。 ・被相続人の住民票除票:300円 ・被相続人の死亡の記載のある除籍謄本:750円 ・申述人の戸籍謄本:450円 これらを合計すると、約3,000〜4,000円程度が必要です。手続きが複数人にわたる場合は費用も増えるため注意してください。 2.家庭裁判所での申述書の提出 申述書に必要事項を記入し、必要な添付書類を提出します。申述先は、亡 くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。また、申述書は裁判所のウェブサイトからダウンロードできます。 3.照会書に回答して返送する 申述後、裁判所から照会書が届きます。この照会書には以下のような内容が記載されており、真実に基づいて回答する必要があります ・申述の意思が本人の真意によるものか ・「法定単純承認」に該当する行為がないか 「法定単純承認」は、例えば相続財産を処分した場合などに発生します。このような行為があると相続放棄が認められない可能性があるため注意が必要です。 4.相続放棄申述受理書を受け取る 家庭裁判所が相続放棄を認めると、「相続放棄申述受理書」が送付されます。この書類が届いた時点で、正式に相続放棄が完了したことになります。以後、被相続人の債務について責任を負うことはなくなります。
相続放棄申述書は、以下のポイントを押さえて記入しましょう ・被相続人の正確な情報(氏名、死亡日、住所、死亡当時の職業など) ・申述人の情報(氏名、住所、続柄、職業) ・相続放棄の理由 申述書は裁判所に直接提出するか、郵送で送付することも可能です。記入内容に不備があると受理されないため、注意が必要です。
参考:相続の放棄の申述書(成人) | 裁判所
1.負債を引き継がなくて済む 相続放棄の最大のメリットは、被相続人が抱えていた借金や未払い金、連帯保証債務などを一切引き継がなくて済むことです。相続人が負債を避けたい場合には、相続放棄は極めて有効な手段となります。特に、借金がプラスの財産を大幅に上回る場合や、財産が負債しかない場合にメリットが大きいです。 2.不要な不動産や管理が難しい財産を回避できる 遠方にある土地や使い道のない物件、維持費や管理コストがかかる財産を相続しなくて済みます。例えば、固定資産税や管理費が高額になる山林や空き家などを相続すると、後々まで費用がかかる負担が発生します。相続放棄を選べば、こうした問題を回避できます。 3.家族間のトラブルを避けられる場合がある 相続放棄をすることで、遺産分割協議に参加せずに済むため、家族間でのトラブルや争いを避けられる場合があります。特に親族間の関係が悪化している場合や、争いの火種となりそうな財産がある場合には、相続放棄が平和的解決に繋がることがあります。 4.他の相続人に遺産を渡せる 相続放棄を行うと、その権利が次順位の相続人に移るため、負債を含む遺産を他の相続人に引き継ぐことができま す。たとえば、相続人全員が協議し、負債を引き継ぐ意志のある人にのみ相続させることも可能です。
1.プラスの財産もすべて放棄する必要がある 相続放棄は、負債だけでなくプラスの財産もすべて放棄することになります。例えば、被相続人が現金や不動産などのプラス財産を持っていたとしても、それらを相続する権利を完全に失うことになります。そのため、財産がプラスになる可能性がある場合は慎重に検討する必要があります。 2.後から取り消すことができない 相続放棄は、一度申述が受理されると原則として取り消すことができません。そのため、早急に判断せず、十分に遺産内容を調査したうえで決断することが重要です。 3.家族内での協力が必要な場合がある 相続放棄をすると、他の相続人に相続手続きが集中するため、全員が協力して進める必要が出てくる場合があります。また、相続放棄を行った人は遺産分割協議に参加できなくなるため、全体の話し合いのバランスが崩れる可能性もあります。 4.相続権が次順位の相続人に移る 相続放棄を行うと、次順位の相続人(兄弟姉妹や甥姪など)に相続権が移ります。そのため、次順位の相続人が負債を引き継ぐことになる場合があります。特に近い親族に負担をかけたくない場合には、相続放棄が適切かどうかをよく考える必要があります。
相続放棄を行う際には、いくつかの重要な注意点があります。これらを理解し、適切に対応しないと、意図しない負担やトラブルを招くことがあります。以下では、特に重要な5つの注意点について詳しく解説します。 1. 期限を守ることが最優先 相続放棄は、相続の開始を知った日(通常は被相続人の死亡を知った日)から 3ヶ月以内 に家庭裁判所に申述しなければなりません。この「熟慮期間」を過ぎると、自動的に単純相続とみなされ、プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐことになります。 遺産調査が長引く場合には、家庭裁判所に「申述期間の伸長」を申し立てることで期限を延長することが可能です。ただし、申述期間の伸長を認めてもらうには正当な理由が必要であり、理由や手続きを正確に行わなければなりません。期限内に手続きを行うことが最優先事項であり、遅れることがないよう注意が必要です。 2. 法定単純承認に該当しないよう注意 相続放棄を行おうとしても、以下のような行為があった場合には「法定単純承認」とみなされ、相続放棄ができなくなります ・被相続人の財産を処分した場合 たとえば、被相続人の車や不動産を売却したり、銀行口座からお金を引き出して使った場合などです。 ・被相続人の財産を利用した場合 被相続人の家に住み続けたり、不動産収益を利用する行為も該当する可能性があります。 ・相続放棄を表明する前に相続財産の一部を修理・改築した場合 たとえば、遺産の一部を修繕したり、不動産の賃貸契約を新たに締結する行為は、法定単純承認とみなされる可能性があります。 相続放棄を予定している場合には、被相続人の財産には一切手をつけず、慎重に対応することが大切です。 3. 生前に相続放棄をすることはできない 相続放棄は、被相続人が亡くなった後でなければ行うことができません。生前に相続を放棄する意思を表明していても、法律上の効果はありません。たとえば、親が高齢で多額の借金を抱えている場合に「私は相続を放棄します」と事前に宣言しても、それは法的には無効です。 ただし、生前に相続問題を整理したい場合には、相続人間で遺産分割協議書を作成したり、相続税の申告対策をするなどの対応が可能です。法律的な相続放棄は、被相続人の死亡後に初めて家庭裁判所への申述を通じて実現されます。 4. 相続放棄した人の子は代襲相続できない 代襲相続とは、相続人が先に亡くなっていた場合や相続を辞退した場合に、その相続人の子どもが代わりに相続する制度です。しかし、相続放棄をした場合、その子ども(代襲相続人)には相続権が移りません。 これは、相続放棄をした相続人は「最初から相続人ではなかったものとみなされる」という法律上の規定によるものです。そのため、相続放棄を選択すると、その家系に属する全ての人が相続権を失うことになります。次順位の相続人に相続権が移るため、家族間での影響を十分に検討する必要があります。 5. 相続人全員が相続放棄をした場合の相続財産の扱い 相続人全員が相続放棄をすると、相続放棄をした人は「最初から相続人ではなかった」とみなされます。その結果、法定の相続順位に基づいて次の相続人に権利が移ります。しかし、最終的に全ての相続人が相続放棄をしてしまい、相続人が誰もいなくなった場合、被相続人の財産は以下のように処理されます。 □プラス財産が残っている場合 被相続人の財産がプラスの場合、すべての相続人が相続放棄をした時点で、家庭裁判所によって 相続財産管理人 が選任されます。この管理人は、以下の手続きを行います ・財産の調査 ・遺産の処分・精算 ・債権者への分配 また、故人の世話をしていた人や特別に縁があった人がいれば、その人が 特別縁故者 として認められ、家庭裁判所の判断により遺産の分与を受ける場合もあります。ただし、特別縁故者がいない場合や認められなかった場合、財産は最終的に 国庫に帰属 します。 □負債が残っている場合 一方、被相続人の財産がマイナスである場合、すべての相続人が相続放棄をしたことで、負債は法的に消滅します。債権者は請求先を失うため、回収ができなくなります。
相続放棄は、負債を含む被相続人の財産を一切引き継がない手続きであり、借金などのリスクを避けるために有効な選択肢です。ただし、相続放棄には 「申述期限の3ヶ月以内」 や 「法定単純承認を避ける」 といった重要なルールがあります。また、相続放棄をするとプラス財産も含めてすべて放棄する必要があり、次順位の相続人や国庫に財産が移る可能性がある点を理解しておきましょう。 相続放棄の手続きは慎重な財産調査と準備が必要です。不明点やトラブルのリスクを感じた場合は、弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
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